申し込んで2週間後くらいだったと思うが、職業訓練センターのようなところで、適性検査と面接があった。
俺はリハビリの意味もあり、ちょっとした見栄もあり、スーツを着て出掛けた。
痩せた俺にはどのスーツも今はブカブカで、全く似合わなかった。
俺以外にも10人足らずの人がいたが、男は俺一人。年齢は30代から上は60代くらいまでバラバラだった。
ハローワークの人が検査の説明をするのだが、丁寧過ぎて苛立ってくる。もちろん相手にはそんな気はないのは分かるが、何かバカにされているような気になる。
俺も昔はお前らと同じ、いやそれ以上の立場やったんやぞ、なんてくだらないプライドを感じながら話を聞いていた。
まあ、仕方ないのだ。
国閑に集まる人材の学力レベルは決して高くはない(どの世界でもそうだが、それは仕事が出来るとか出来ないとかとはあまり関係はない)。そりゃ説明も1から10まで丁寧に遣ってもわからない人もいる。
行った検査は、知能検査と同じだった。
国語の問題、計算問題、図形の問題などなど、おそらく知的障がいがあるかないかを見る程度の活用なのだろうが、みんなむきになって取り組んでいる。
大問ごとに限られた時間を計られ、その中でなるべくたくさんの問題を解くように言われていたので、集中というか圧が凄かった。という俺もかなり真剣に取り組んでいた。
ペーパーが終わると作業のテストがあった。積み木のようなものを積んだような、何かを右から左に動かしたような記憶がある。
運動機能を見ているのだろうか。
終わったら、順番に一人ずつ呼ばれて面接だった。
面接官は3人いて、一人見覚えのある女性がいた。
この方は初任者研修の会場になるニチイの店長さんだったのだが、俺が二つ前に働いていたところの顧客だった。そのときは俺は見たことあるなぁというレベルだったが、向こうは気づいていたらしく、俺がニチイに通うようになって「実は…」と打ち明けられた。
俺の逮捕の件は知らなかったようだ。
聞かれたことはなぜ介護に、とかいつから働く予定なのか、とかそんなことだったと思う。俺自身、父親の介護を全て母親に任せていたので、せめて母親は自分が最期を看取りたい、と話をした。これに偽りはなかった。
就職も既に内定を一つもらっていることを伝えた。
後日、電話で合格を告げられた。
まあ、落ちる人など皆無だと思うが、何せ俺は前科者。何があっても仕方ないので、ほっとしたのを覚えている。
普通7万ほどかかる研修がテキスト代と個人備品の1万ほどで取得でき、しかも毎月手当がもらえる。
俺の計画は、ひとまずいい滑り出しになった。