釈放された裁判所の事務受付の前のロビーで、俺と兄は大声こそ出しはしなかったが口喧嘩をしていた。
俺は大丈夫やから帰ってくれ、
兄はあかん、何するかわからんでついていく
埒が開かないと思い、少しでも早く会社の寮に向かいたかった俺は渋々承諾した。
取りあえず駅に向かい、隣県の職場に戻らねばならない。
裁判所と駅は少し距離があったのでタクシーを拾う。
近くのコンビニに寄ってもらい、俺は先ず手に抱えた段ボール1箱分の押収物を自宅へ宅急便で送った。こんなもの持ち歩いて移動するのは無理だ。
駅に着き、特急と鈍行があったが俺は鈍行で行くつもりだった。
無職の俺、若干の蓄えはあるものの今は無収入だし、もっと恐れていたこと、損害賠償の請求があるかもしれない、職場と被害者の双方から来たら一体俺はいくら負債を背負うのか、などと考えると、少しでもお金は節約したかったのである。
しかし、歩くのもふらふらで杖をついて歩く兄のことを思うと特急の方が体に負担が少ないだろうと思い、特急の切符を3人分買った。
電車の中で今晩泊まるホテルもなるべく駅の近くの安宿を探してネットでおさえた。
一時間ほどで職場のある県に着いた。
まずはホテルでチェックインをしようと思ったが、意外に駅からそれなりの距離があった。
早く行きたい俺、一生懸命着いていこうとするが息も絶え絶えで姉に支えながら歩く兄、
俺はイライラしていた。
着いてこなきゃいいのに。
ホテルに着いて部屋に入り、俺だけひとまず外に出た。
まずは職場に電話する。
事務方が出て、責任者に代わってもらった。
「このたびは申し訳ありませんでした、本当にご迷惑をおかけしました」
「ああ、もうそういうのはいいので事務的に済ませましょう。うちの敷地に入ることは一切禁止します。」
「でも、弁護士を通じて荷物を引き上げる許可はいただいていますが」
「ええ。だからこちらが荷造りをしてご自宅に全て送ります」
「いや、それは申し訳ないですし、それにどうしてもすぐに引き上げたい荷物もありまして…」
俺は取りあえずの衣類と持病の薬、それに就活用のスーツ一着を持ち帰りたかった。そして冷蔵庫に入っている生物の処分もしたかった。
「ならば、何が必要だと言ってくれれば私が敷地の外まで持っていきます」
「いや。それは困ります」
「絶対にうちの敷地には入らせません。ならば、代理の人を立ててください」
そう、もうこうなれば頼れるのは姉しかいなかった。
「わかりました」
「じゃあ近くに来たら連絡してください」
一方的に電話は切れた。
寮には俺の車も置いてある。
俺は取りあえずタクシーで寮に行き、ある程度の荷物を車に積んで残りは何度かピストンしようと思っていた。
それが叶わない。
俺はレンタカーを借り、姉と一緒に寮に向かい、姉に取り急ぎの荷物を受け取りに行ってもらって車も引き上げてもらうしかないと考え、兄と姉に頭を下げた。
「な、着いてきてよかったやろ」
認めざるを得なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
釈放1日目はまだまだ続きます。
この日は本当に長い長い1日でした。