朝6時半にホテルを出た。
自分の車を取り戻せたので、兄と姉を乗せまずは俺の自宅マンションに向かった。
ほとんど寝てはいないが眠くはなかった。
会社の寮と自宅マンションを何度も往復したこの高速道。多分ここはもう2度と通ることはないのだろう。
そんなことを考えながら、惜しむように車を走らせた。
昨晩兄とある程度話し込め、お互いにわだかまりはかなり解けていたので、車内は気まずくはなかった。
2時間半ほどで自宅マンションに着き、取りあえずの荷物を下ろした。
俺のマンションはほとんどの荷物を寮に運び込んではいたが、ベッドやソファー、テレビなどは向こうで小さいものを買っていたのでここで寝泊まりするには全く不自由はなかった。
しかし、である。
俺はこの部屋に一人でいられる気がしなかった。
と言うより、発作というか、パニック障害のそれとはちょっと違う動悸が激しくなり、気が狂いそうになっていた。
俺のマンションの部屋は10階だったが、兄がこのまま帰り俺一人になったら、多分間違いなく俺はその10階のベランダから飛び降りていた。
会社はクビ、
社会からは断絶、
仕事を探すにも何をしてよいのかわからない、
事件は解決したとはいえ、まだ残る訴訟リスク、
立入禁止で自分の荷物が運び出せない不安、
いろんなものがグルグル頭の中を巡り、兄の前では多少強がってはいるものの、俺一人になったら何をするか自分でわからなかった。
「帰るか、一緒に」
「しばらく家に居ても良いんやぞ。部屋はあるし。」
俺の異常を察して、兄はそう俺に声をかけてくれた。
俺は兄が許せない。
大嫌いだ。
でも、優しい兄だった。
大好きだった。
兄がいなければ、間違いなく俺は立ち直れなかったのだ。
俺は、その言葉に甘え、何十年ぶりかに実家に戻って暮らすことになるのである。