N先生の事務所はそのショッピングセンターから10分弱のところにあった。
5階建てのビルの一室に小さな看板のかかったドアのインターフォンを押すと事務の女性の声がし、扉が空くと俺は招かれるまま部屋に入った。
3人ほどの弁護士を抱えている事務所のようで、先客が別室で何かの相談をしている声が漏れていた。
日当たりのよいリビングのような部屋で、起立したままN先生を待つ。
暫くすると、檻の外で会うのが二回目となるN先生が来られた。
「どうぞお座りください、少しは落ち着かれましたか…」
あまり表情が変わらないN先生らしく、能面のような顔で話しかけてくる。
「実はあの後兄に100万円払えと言われまして…」と話をすると、
「私もご家族に会いたいと言われたらそれを断るわけにもいかなかったので…」と真顔で答えてきた。
どうやら勝手に兄を連れてきたことに対して、俺がクレームをつけるのだと思ったようだ。
いやいや、あなたにクレームを言うつもりはない。
そりゃ、あまり弁護士としては力もなく、知識も薄く、本当のクライアントである俺の意に反して兄貴を連れてきたことに対して何も思っていないわけではない。
しかし、俺の本当に辛い時期を支えてくれたのは間違いなくあなただ。
あなたには感謝こそすれ、クレームなど言うつもりは毛頭ないのだ。
そんなことを話そうにも、兄貴から俺の過去を聞いて引いている上、兄貴の100万の話を聞いてこれ以上面倒なことには関わりたくないと思っていたに違いない。
少し気まずい空気が流れた後、10万を払った後、俺はN先生に二つ質問した。
「この後余罪でまた逮捕されることはありませんか?」
釈放後、これが一番気になっていたことだった。
釈放されてすぐ逮捕となったら、俺は間違いなく死ぬ自信があった。もう懲り懲りだ。
「スマホも解析して、情報はしっかりつかんだ上での釈放だから、ゼロとは言わないが逮捕される可能性は低いと思います」
「もし、被害者や会社から損害賠償の訴訟を受けたら、またN先生のお世話になりたいのですが」
この返事はNoだった。
「これまで私はたかさんさんを守るために会社にいろいろ協力をお願い来てきた立場です。仮に損害賠償を受けたとしたら、今度は会社と戦うことになる。それは出来ません」
というのが理由だった。
おそらくそれは表向きで、もう俺とは関わりたくなかったのだろう。
俺はN先生にお礼と家でしたためてきた感謝の手紙と菓子折りを渡し、事務所を後にした。
(おわり)