「久しぶり、元気だった?」
真帆の声は穏やかだった。
「ネットにいろいろ書いてるんでしょ?」
電話の向こうの真帆はいたずらっぽく笑っているように思えた。
俺からは何を話したのかは全く覚えていない。
ただ、警察に出向いていることもあり、かなり構えていたような、それでいて久しぶりに聞く真帆の甘い声を聞いて嬉しいような、複雑な気分だったことは何となく覚えている。
「ごめんね、たかさんさん。」
何に対して謝っているのかよくわからない。
どういう話の流れだったかわからないのだが、俺と真帆は会うことになった。
前は10万を握りしめ会いに行ったが、さすがに今度はお金は絡まなかった。
以前書いた、真帆と会うのにお金がかからなかったのは2回、というのは、ランチで教員を辞めるなと言われたときと、今回の2回である。
そして、以前はオレンジのマーチに乗ってきた真帆は、今回は車で現れずに待ち合わせ場所に立っていた。
真帆は、マタニティドレスを着ていた。
お腹に命を宿し、まるくなったお腹はかなり目立つ大きさになっていた。
俺の心臓が、ドクンと1回波打った。
「マネージャーの、子?」
黙って真帆は首を振る。
「ごめんね、たかさんさん。お金、返そうと思ってる。」
えっ? 声にならない声で、真帆の言葉に反応する。
「ただ、いっぺんには返せないの」
「私、この子を一人で育てようと思ってる。ただ、家を借りたり出産費用とかでお金が必要で。だから、少しずつでいいかな」
「一人で育てるって……」
驚きのあまり言葉につまっていた俺だったが、真帆がシングルマザーとして生きようとしていると聞き、また俺の真帆への依存が復活してしまった。
「一人で育てるって、そんなん無理やって」
「一緒に育てよう。結婚しよう」
「前にも話したじゃない。私は血の繋がっていない父親に虐待を受けたの。だから、やっぱり血が繋がっていないと信用できないの」
「大丈夫やって。大事にするって」
そんなやり取りを繰り返した。
「私は一人で育てる。お金は少し待ってほしい」
真帆は頑として譲らなかった。
「今日は健康ランドに泊まるからそこまで送ってくれれば……」
ホテルをとろうとしたが、真帆は頑なに断り、その健康ランド前で真帆をおろした。
次の日仕事だったので、俺もそこに長居は出来なかったが、妊娠した真帆がこんな汚い健康ランドに泊まるということが不憫でならなかった。
家に着いた俺は、おもむろに便箋と封筒を取り出し、県警の古森さん宛に手紙を書き出した。
(つづく)