当時ケミストリーが流行っていた。
俺のDOCOMOの携帯の着メロもケミストリーだった。
切なく甘いメロディーと恋の歌詞に憧れ、その世界に自分もびたびたに浸りたかった。
俺は金でその世界を甘受した。
本当のクリスマスの日ではなく、20日ごろだったと思う。
俺のデートが始まった。
店に行き、20万弱の金を払った。
事前に外出したい旨は伝えていたので、ドアの外の真帆は小さいカバンを持った私服で立っていた。
白いダウンジャケットに下はジーンズだったかな。
店の中の小綺麗なドレスもかわいいが、普段と違う真帆を見るのが新鮮だった。
真帆は俺のRAV4に乗り込んだ。
助手席に真帆がいる、
ここからは本当に二人きりの時間だ。
俺はかなり高揚していた。
まずはタワーに向かう。
メッセージの表示時間に遅れたら台無しだ。
余裕をもって時間を組んではいたが、何があるかわからない。
無事にタワーまで着いてくれよ。
渋滞や事故は勘弁してくれよ。
車の中で真帆と会話しながら、半分はそんなことを考えていた。
無事、予定通りタワーに着き、エレベータで展望台に上る。約束の時間まではタワーで下界の景色を眺める。
本当はイルミネーションがきれいなのだが、時間は早かった。レストランとホテルの時間から逆算すると、暗くなってからタワーに行くのは難しかった。
何せ相手はソープ嬢。閉店は0時。まさにシンデレラガールといったところだ。
時間が近づき、俺は真帆を電光掲示板の見える方に誘った。
「あれ、あんなところにメッセージが流れてるよ。」
真帆と一緒に他人のメッセージを読む。
そして、俺のメッセージが流れる。
「あっ」
真帆が呟く。
真帆は流れるメッセージを無言で目で追い、俺はそんな真帆の後ろ姿を眺めていた。黒いロングのさらさらした髪が今日もきれいだ。
メッセージが流れ終わってもしばらく真帆はその方向を眺めていた。
「びっくりした?」
俺が肩越しに声をかける。
「うん」
こちらを振り返る真帆は満面の笑みだった。
それが作り笑いかどうかはわからない。
でも、俺はほっとひと安心した。
まずは上々のスタートだ。
しばらくタワーで過ごし、エレベータに乗る。
真帆がカバンから紙袋を出した。
「これ、間に合うか自信なかったんだけど」
真帆は俺の首に手編みのマフラーをかけ、胸元で丸く結んだ。
「マネージャーの分も作ってたから結構徹夜したんだ」
真帆は店のマネージャーと付き合っていた。
背中に刺された傷があるとかいろいろ聞いていた。
俺はこのマネージャーの顔も名前も知らなかったが、激しく嫉妬したこともある。
「たかさんさんの方にうまく編めた方をあげる」
俺は完全にとろけた。
おそらく、人生で手編みのマフラーをもらえるのはこれが最初で最後のことだと思う。
マフラーは今は捨ててしまったが、グレーの毛糸で編まれたそのマフラーの柄や手触り、首に巻いた感触は今でもちゃんと覚えている。
俺は真帆をエレベータの中で抱き締めた。
俺はこいつと結婚したい。
本気でそう思った。
(つづく)