寮の部屋を出るとき、俺は薬のシートを手にした。
俺はパニック障害を患っており、今も完治はしていないのだが、当時は薬は手離せなかった。
「ああ、だめだよ。薬はだめ」
マジか、
急に心臓がバクバクし出した。
「着替えは?」
刑事が別の刑事に確認する。
「まあ貸してもらえばいいわ」
このときはよく知らなかったが、勾留されることがわかっていると普通は着替えを持っていくらしい。
もしかすると、1ヶ月弱も勾留する気は警察にはなかったのかもしれない。
5人ほどの刑事に囲まれ、俺はいよいよ玄関を出て、ワンボックスに乗り込む。
今走り出して逃げだらどうなるのかな、そんなことを考えていた。
玄関横には受付があり、顔馴染みの事務員が眉間に皺を寄せながら遠目で俺の方を見ていた。
俺は軽く会釈した。
一番後ろの席に乗せられ、隣には優しげな刑事が座った。どうやら一番偉い人で俺の事件の担当刑事のようだ。
前の座席に乗り込んだ刑事が窮屈な格好で後ろにのりだしてきた。
今まで配慮いただいてありがとうございました、と伝え手首を合わせて前に差し出す。
「一応決まりだから」
そう言ってメガネの刑事が俺の手に冷たい輪っかをはめた。
人生で初めての手錠。
見た目以上に重かった。
空は青く澄み渡り、まさしく日本晴れの日だった。
冷たい手錠は、軽やかな暖かい日差しをキラッと反射させ、車は会社の敷地を出た。