外は雨が降っていた。
割と大粒の雨が地面を叩きつけていた。
俺は再び車に乗り込むと、警察署へ車を走らせた。
警察署に着く頃には雨も小降りになっていた。
ナビを頼りに警察署に着くと、そのまま車で周囲を一周した。
このスロープが最初の日に連れていかれたところだ、ここは裁判所に行くときに出入りした出入口だ、ここから日々の警察官の点呼の声が聞こえていたんだ、このビルの頭が窓から見えていたんだな……
自分の思うまま、気の向くままに見て回りながら、改めて自由の身を噛み締めた。
再び入口のところまで来て、駐車場に車を停めた。
緊張する。
俺は和菓子の入った紙袋を手に提げ、一階の受付に行った。
どの警察署も一階は交通安全協会が入っているようで、俺がお世話になったところもそうだった。
年配の制服を着た警官に、
「生活安全課(多分そんな名前だった)のTさんはいらっしゃいますか?」と訪ねた。
どうされましたか?と聞かれたので、
「この前までお世話になっていて今日はご挨拶に……たかさんと言います」
と言うと、少し不思議そうな顔をして、ちょっとお待ちくださいね、と答え内線を繋いでいた。
暫く立っていると、奥の方からT刑事さんが現れた。
「ああ、たかさんさん、……ちょっとこっちに来てもらえますか」
T刑事は俺を手招きすると階段を上がるように促し、ちょっとしたソファーのあるところに案内してくれた。
T刑事さんは、人目につかないところに俺を連れていってくれたのだ。
「よかったですね、ホントに…」
相変わらずT刑事さんは俺に敬語だった。
「本当にお世話になりました。何てお礼を申し上げたらよいか……」
俺は俺を逮捕した警察官に、心からの謝意を伝えた。
そしてお菓子を渡そうとすると、
「立場上さすがにこれは受け取れなくて…」とおっしゃる。
それでも、せっかく買ってきたので留置課の方にも…と何度かお願いしたのだが、丁重に断られた。
「これだけは受け取らせていただきます」と、俺の書いてきた手紙はおさめてくれた。
俺はT刑事さんと留置課宛に、いかにみなさんの対応で俺が救われたか、本当にありがたかったという思いを便箋に連ねていた。
警察の側からすればそれが当たり前の対応なのかも知れないし、警察の手の上で俺が泳がされていただけなのかもしれない。
それでもやはり俺が救われたのは紛れもない事実だった。
「ああ、そうそう、実は…」
とT刑事さんは書類を持ってきて、これにサインをもらうのを忘れちゃって、と言った。
何の書類だったかは覚えていないが、すぐにサインをした。
「もう動画は残っていないですよね、大丈夫ですよね」
もちろんだ。
俺は釈放されたその日に、件の盗撮動画はもちろん、それまでためていた思い出の写真や動画は全て削除していた。大切な思い出もあったのだが、警察に全て見られたと思うと何かそれらが全て汚れたような気になっていたからだ。
俺は自ら進んでスマホを見せると、わかりました、ありがとうございます、とT刑事さんは答え、こう続けた。
「たかさんさん、これからが大切ですからね。応援していますから。絶対に変な気を起こさないでくださいよ、頑張ってくださいね」
言葉を聞きながら、俺の視界は歪んでいった。逮捕された情けなさ、T刑事さんの優しさ、いろんな言葉にならない感情が涙に変わった。
俺は紙袋を抱え、警察署を後にした。
そして、またここに来ようと思った。
辛いことがあったら、またここを見に来よう。
そう思った。
(おわり)