既に例文が用意されており、俺はそれを視写するだけだった。
「一身上の都合により……」
退職日は3日後に設定された。
「他の先生への挨拶はどうする?しづらかったらメッセージを書いてくれれば職員会で読むよ」
校長は俺にそう言う。
こう書くとすごく冷たい人のように感じられるが、俺自身はそうは思っていない。
学校を守るためはもちろんなのだが、俺を守るためでもあった。
今自主退職すれば退職金が出る。
仮にこの件が警察沙汰になり(もうなっていたが)、それがマスコミに嗅ぎ付けられると懲戒免職は避けられなかっただろう。
俺には500万ほどの借金があることは以前伝えてもいたので、気遣ってくれた。
前にも書いたが校長は(実は教頭も)、俺が初任者で赴任した学校で一緒に働いていた。大規模校だったので、特段仲が良かったわけでもないのだが、そういう繋がりもあり大切にしてもらったと思う。
俺は校長に「じゃあメッセージを書きます」と答えた。
「生徒には体調不良で辞められたと説明するからね」
そう、それがありがたい。
とてもではないが、子どもの前で最後の挨拶をする気にはなれなかった。
校長は事務の職員を呼び、俺の経験年数だと退職金がいくらくらいになるか調べるように言った。
大体200万くらいだった。
俺は共済組合からも金を借りていた。
それが退職金で返せることが分かり、「良かったな」と言われた。
次の日、翌日を退職日に控えて出勤したが、心ここにあらずだった。
給食を食べながら、「俺本当に辞めるんかな」と思っていた。
「先生、何ボーッとしてるの?」
生徒がけらけらと俺を見ながら笑っていた。
今日がお前らと一緒にいる最後なんだ。
今日で俺は教員を辞めるんだ。
そんなことは言えるはずもなく、力なく愛想笑いを返すだけだった。
何人かの先生が声をかけてきた。
「たかさん先生、辞めるんだって?何でよ?」
「たかさん君、本当にそれでいいのかい?」
俺が退職する理由は伝わっておらず、ただ俺が明日付けで辞めるということが一部の先生の中で広まっているようだった。
「すみません、やっぱ自分は教師に向いてないなって。中途半端な時期でご迷惑をお掛けします。お世話になりました。」
どう考えたって変な時期だ。
3学期が始まってすぐだったから。
もちろん俺が辞めることになったのは急なので、代わりの先生も決まっていない。
非常に迷惑をかける。
が、そんなことはどうでもよいくらい、俺のしでかしたことは大きかった。
(つづく)