どんな事件の取り調べでも、まずは身辺調査(正式な名称があったと思うが忘れた)から始まるらしい。
名前、生年月日、本籍、住所、家族構成、生い立ちや性格などなど。
ただ、これらはほぼここに来るまでの車中で聞かれていた。
俺の担当の刑事さん、T刑事とこれから書くことにする。
T刑事は俺を座らせ、腰縄を椅子に括った後、片手錠にし、手錠を緩めてくれた。
喉がカラカラで、少しパニック障害の発作が出始めた俺はT刑事に、すみません、水をいっぱいいただけませんか、と声をかけた。
するとT刑事は
「水ですね、いいですよ」
と言い、部下に水を持ってくるように言った。
俺のパニック障害は狭いところ、窓のないところになると息苦しくなり発作が酷くなる。
取調室には窓があった。
すみません、窓を少し開けていただいてもいいですか、とわがままついでに頼んでみる。
T刑事は「はい」と答え、窓を5センチほど開け、取調室の扉も「こちらも開けておきましょうか」と言ってくれた。
水が来て、それを一口ふくんだ。
最初に会社の応接室で出した私物を再び出し、その押収記録から書き始めた。
俺を逮捕しに来た刑事が入れ替わり立ち替わり取調室に出入りする。
スマホの記録を書くと、早速取調室から持ち出した。
解析が始まるのだろう。
私物を出し終わると、俺を逮捕しに来た刑事は居なくなった。
後で気づいたが、昼休憩に入ったのだろう。
別の刑事が弁当を持って入ってきた。
「大変だったね。ショックだと思うけど、仕方ないよね。お腹へったでしょう、これでも食べて」
と言って、弁当箱の蓋を開けた。
この後1ヶ月に及ぶ勾留で何度も目にすることになるとはつゆ知らず、焼きそば弁当だった。
焼きそばと言うと、多分ソースの茶色いものを想像するだろうが、そこの署のは本当に日本そばを炒めた変わった弁当だった。
ただ、そのときは俺は一口も食べられなかった。
今頃会社は大騒ぎだろうな、
この後の取り調べで何て言って逃れようか、
いや、それ以上に手錠をはめられこの部屋に拘束されているショック
食べられるはずがなかった。
刑事に何度も勧められたが、手はつけられなかった。
1時間ほどたったのだろう。
T刑事が帰ってきた。
いよいよ取り調べ。
「ごめんなさいね、パソコンはあまり慣れていないので」
「車の中で聞いたことをこれから打っていくので、もし違ったことがあれば教えてください」
と言いながら、質問とその答えを車中でとったメモを見ながら声に出して打ち始めた。
確かにキーボードを叩く手は遅かった。
でも、気さくなT刑事の話しぶりや対応に俺も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。